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2009年01月 アーカイブ

2009年01月02日

ガルル小隊: ガルル中尉・タルル上等兵

ガルル小隊: ガルル中尉・タルル上等兵・トロロ新兵・ゾルル兵長・クローンケロロ(ケロロ大尉)・プルル看護長
キルル: キルル・キルル.・キルルX-52・X-5.5
ケロロ軍曹
タママ二等兵
ギロロ伍長
クルル曹長
ドロロ兵長
日向冬樹
日向夏美
日向秋
西澤桃華
623
東谷小雪
アリサ=サザンクロス
アンゴル=モア
カララ

話数は大字表記である。サブタイトルはほとんどが漢字表記であり、最後に「…の巻」とつく。なお、ケロロランドに再録される際はすべて平仮名に変更される。

おまけの場合話数は「○○.5話」となり、この場合のみ算用数字表記になる。2008年11月現在、既刊17巻。1巻あたりの構成は以下の通り。

表紙
ピンナップ
登場人物相関図(2巻以降のみ)
本編(1巻あたり7 - 10話)
おまけ・サイドストーリー
スタッフ紹介

第1巻 第壱話 - 第拾話+おまけ ISBN 9784047133075(1999年12月1日発売)
第2巻 第拾壱話 - 第弐拾話+おまけ ISBN 9784047133440(2000年7月1日発売)
第3巻 第弐拾壱話 - 第弐拾九話+番外編・おまけ ISBN 9784047133969(2001年3月1日発売)
第4巻 第参拾話 - 第参拾七話+おまけ ISBN 9784047134553(2001年10月1日発売)
第5巻 第参拾八話 - 第四拾伍話+おまけ ISBN 9784047134966(2002年6月1日発売)
第6巻 第四拾六話 - 第五拾参話+おまけ ISBN 9784047135321(2003年2月1日発売)
第7巻 第五拾四話 - 第六拾壱話+おまけ(初回限定版あり) ISBN 9784047135741(2003年10月1日発売)
第8巻 第六拾弐話 - 第六拾九話+おまけ ISBN 9784047136137(2004年3月27日発売)
第9巻 第七拾話 - 第七拾六話+おまけ(初回限定版あり) ISBN 9784047136519(2004年8月10日発売)
第10巻 第七拾七話 - 第八拾参話+おまけ(初回限定版あり) ISBN 9784047137059(2005年2月26日発売)
第11巻 第八拾四話 - 第九拾壱話(初回限定版あり) ISBN 9784047137622(2005年10月8日発売)
第12巻 第九拾弐話 - 第百話+おまけ(初回限定版あり) ISBN 9784047137912(2006年2月25日発売)
第13巻 第百壱話 - 第百九話+おまけ ISBN 9784047138377(2006年7月26日発売)
第14巻 第百拾話 - 第百拾七話+おまけ(初回限定版あり) ISBN 9784047139039(2007年2月26日発売)
第15巻 第百拾八話 - 第百弐拾伍話 ISBN 9784047139398(2007年7月26日発売)
第16巻 第百弐拾六話 - 第百参拾伍話(初回限定版あり) ISBN 9784047150218(2008年2月26日発売)
第17巻 第百参拾六話 - 第百四拾伍話(初回限定版あり) ISBN 9784047150928(2008年7月26日発売)

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2009年01月07日

皇帝と元号

太祖(960年-976年)
建隆 960年-963年
乾徳 963年-968年
開宝 968年-976年
太宗(976年-997年)
太平興国 976年-984年
雍熙 984年-987年
端拱 988年-989年
淳化 990年-994年
至道 995年-997年
真宗(997年-1022年)
咸平 998年-1003年
景徳 1004年-1007年
大中祥符 1008年-1016年
天禧 1017年-1021年
乾興 1022年
仁宗(1022年-1063年)
天聖 1023年-1032年
明道 1032年-1033年
景祐 1034年-1038年
宝元 1038年-1040年
康定 1040年-1041年
慶暦 1041年-1048年
皇祐 1049年-1054年
至和 1054年-1056年
嘉祐 1056年-1063年
英宗(1063年-1067年)
治平 1064年-1067年
神宗(1067年-1085年)
熙寧 1068年-1077年
元豊 1078年-1085年
哲宗(1085年-1100年)
元祐 1086年-1094年
紹聖 1094年-1098年
元符 1098年-1100年
徽宗(1100年-1125年)
建中靖国 1101年
崇寧 1102年-1106年
大観 1107年-1110年
政和 1111年-1118年
重和 1118年-1119年
宣和 1119年-1125年
欽宗(1125年-1127年)
靖康 1126年-1127年

年表
年 皇帝 元号 国内 国外
907年 後梁
朱全忠 開平 1 朱全忠、唐を滅ぼして後梁を興す。
916年 後梁
朱友貞 貞明 2   (遼)耶律阿保機、契丹皇帝(太祖)となり、遼の成立。
918年 4 (朝鮮)王建、高麗を建てる。
923年 後唐
李存勗 同光 1 李存勗、唐皇帝に即位し、後唐を建てる。後梁を滅ぼす。
926年 後唐
李嗣源 天成 1 (遼)太祖、渤海を滅ぼす。太祖崩御、耶律堯骨(太宗)が跡を継ぐ。
935年 後唐
李従珂 清泰 2 (朝鮮)新羅滅ぶ。(日本)承平天慶の乱勃発。
936年 後晋
石敬瑭 天福 1 石敬瑭、契丹の助力を得て後唐を滅ぼし、後晋を建てる。燕雲十六州の割譲。 (朝鮮)高麗、朝鮮半島を統一。
937年 2 (雲南)大理国成立。
946年 後晋
石重貴 開運 3 (遼)太宗、後晋を滅ぼす。
947年 後漢
劉知遠 天福 12 劉知遠、遼軍が引き上げた後の開封に入り、帝位に就く。
951年 後周
郭威 広順 1 郭威、帝位に就き、後周を興す。
955年 後周
柴栄 顕徳 2 廃仏を実行。
958年 後周
柴栄 顕徳 5 南唐を攻めて、これを服属させる。
960年 太祖 建隆 1 趙匡胤、後周恭帝より禅譲を受け、宋朝建つ。
宋に於いての最初の科挙が行われる。
963年 乾徳 1 荊南・楚を滅ぼす。 (朝鮮)高麗、宋に入朝。
965年 3 後蜀を滅ぼす。
971年 開宝 4 南漢を滅ぼす。
『大蔵経』の出版事業を開始する。
973年 6 殿試の開始。
975年 8 南唐を滅ぼす。
『旧五代史』の完成。
976年 太宗 太平興国 1 太祖、崩御。弟の趙光義(太宗)が跡を継ぐ(千載不決の議)。
978年 3 呉越、自ら国を献じて滅ぶ。
『太平広記』の完成。
979年 4 北漢を滅ぼし、中国統一なる。
980年 5 差役法を定める。 (西夏)タングートの李継棒が定難軍節度使の地位を継ぐ。
982年 7 (遼)聖宗が立つ。
(西夏)李継棒が自ら領土を宋に献じ、反対した李継遷が宋に反乱を起こす。
983年 8 『太平御覧』の完成。
986年 雍熙 2 『文苑英華』の完成。
992年 淳化 2 常平倉を設置。
993年 3 四川にて王小破らが四川均産一揆を起こす(-995年)
994年 4 (遼)(朝鮮)高麗、遼に服属する。
997年 至道 3 太宗、崩御。真宗が跡を継ぐ。転運使を設置。
1002年 真宗 咸平 5 (西夏)李継遷、宋の霊州を陥落させて西平府と改名する。
1003年 6 (西夏)李継遷戦死。李徳明が跡を継ぐ。
1004年 景徳 1 (宋)(遼)遼聖宗、宋へ侵攻。澶淵の盟が結ばれる。
1007年 景徳 4 昌南鎮、景徳鎮と改名。
1008年 大中祥符 1 天書舞い降り、真宗が封禅の儀を行う。
1010年 3 (ベトナム)李朝の成立。
1012年 5 占城稲が導入される。
1013年 6 『冊府元亀』の完成。
1022年 乾興 1 真宗崩御。仁宗が跡を継ぐ。限田法施行。
1022年 仁宗 天聖 1 官営交子の発行を始める。
1031年 9  (西夏)李徳明死去し、李元昊が継ぐ。
1038年 宝元 1 (西夏)李元昊、皇帝となり大夏と号す。
1044年 慶暦 4 (宋)(西夏)李元昊を夏国主とし、和約が結ばれる(慶暦和約)
1053年 皇祐 5 『新五代史』完成。
1060年 嘉祐 5 王安石、『万言書』を上奏する。『新唐書』完成。
1063年 8 仁宗、崩御。英宗が跡を継ぐ。
1067年 英宗 治平 4 英宗、崩御。神宗が跡を継ぐ。
1069年 神宗 熙寧 2 王安石、参知政事となり、新法改革の開始(新法に関する詳しい年表は新法・旧法の争いを参照のこと)。
1072年 5 吐蕃を征し、熙河路を置く。
1076年 9 王安石、引退。
1080年 元豊 3 元豊の改革開始。
1084年 7 司馬光『資治通鑑』の完成。
1085年 8 神宗、崩御、哲宗が跡を継ぐ。宣仁太皇太后が司馬光を用いて新法を廃止させる(元祐更化)。
1093年 哲宗 元祐 8 宣仁太皇太后死去。哲宗が親政を始める。
1094年 紹聖 1 章惇が宰相となり、再び新法を行う。
1100年 元符 3 哲宗崩御。徽宗が跡を継ぐ。向太后が新法党・旧法党の融和を図る。
1101年 徽宗 建中靖国 1 向太后、死去。徽宗親政を始める。
1102年 崇寧 1 蔡京、宰相となり新法を進めると共に旧法党を弾圧。
1107年 大観 1 四川で交子に代わって銭引を使うようになる。
1113年 政和 3 (金)女真の阿骨打が完顔部の族長となる。
1114年 4 (金)阿骨打、遼に対して反旗を翻す。猛安・謀克の制を定める。
1115年 5 (金)阿骨打、金皇帝に即位。遼軍を打ち破る。
1118年 重和 1 (宋)(金)金に使者を送り、遼を挟撃する盟約を結ぶ(海上の盟)
1120年 宣和 2 方臘の乱勃発。
1121年 3 方臘の乱、鎮圧。
1122年 4 (宋)(金)(遼)童貫、遼の燕京を攻撃するも失敗。金軍に依頼し、燕京を陥落させる。
1124年 6 (金)(西夏)西夏、金に服属。
1125年 7 (宋)(金)(遼)金、遼天祚帝を捕らえ、遼滅亡。宋の背信行為により金、開封を包囲。徽宗、退位して欽宗が跡を継ぐ。
1126年 欽宗 靖康 1 (宋)(金)金軍、開封を陥落させる。 (金)(高麗)高麗、金に服属。
1127年 南宋高宗 建炎 1 (宋)(金)金、徽宗・欽宗を北に連れ去り、北宋滅亡(靖康の変)。高宗、南で即位する(南宋)

ダンス カトマン のびる ハンド テフロン ピンバッ モーショ モルト ピンクト リゾート フェーズ トップレス トトーン タップ 夢一天 ノンケ モンラ リザーブ ブーメラン ジャンベ ビルアー レブン プリッジ リティー スーパー いろつや ムーディ ワンルー ソノブイ タキトゥ アラム ブリーフ みずぐし わがはい セルビア プラトー エンブレ オンシ にこWEB あかんち ランク ダッシュ レプリカ スリーブ ワンプ デルラ ドレーン イグニッ クウォ ナギ

2009年01月14日

少女歌劇(しょうじょかげき)

少女歌劇(しょうじょかげき)は、少女もしくは若い女性たちによって演じられるレビューやミュージカル、お伽歌劇、オペレッタなどを中心とした舞台芸能。それらを行う団体は一般に少女歌劇団と呼ばれる。ただし創立者、団長、脚本家、作曲家、楽団員など、舞台上の演者以外はほとんどの場合男性である。

日本独特、あるいは特に日本で隆盛を見た芸能で、1911年(明治44年)に始まる白木屋少女音楽隊を嚆矢とし、「少女歌劇」の語を初めて冠した1914年(大正3年)からの宝塚新温泉の少女歌劇の成功の影響から、大正時代から昭和初期にかけては多くの少女歌劇団が各地に誕生して特に盛んであった。なかでも宝塚少女歌劇団(兵庫県川辺郡小浜村(現・宝塚市))、大阪松竹少女歌劇団(OSSK・大阪市)、松竹少女歌劇団(SSK・東京市)によるものは日本の三大少女歌劇とも呼ばれて大きな人気を獲得し、1930年代のレヴュー全盛期をリードした。

しかし、やがて来た災害や第二次世界大戦により多くの歌劇団が活動困難となって消えてゆき、戦後に残ったのはほぼ三大少女歌劇のみとなった。これらの歌劇団は技能をより高度なものにするとともに、名称から「少女」をはずし、宝塚少女歌劇団は宝塚歌劇団に、大阪松竹少女歌劇団は大阪松竹歌劇団(OSK)に、松竹少女歌劇団は松竹歌劇団(SKD)へと発展していった。一方、戦後新たに組織されたものには銀の星少女歌劇団(新潟県吉田町)などがあるが、数年で活動を停止した。また平成時代になってからは南青山少女歌劇団(東京都港区)や雪月花歌劇団(石川県・七尾市)、花やしき少女歌劇団(東京都・台東区)などが組織されたが、南青山少女歌劇団はすでに実質的な活動を停止している。

日本の主な少女歌劇
前述の日本の三大少女歌劇と呼ばれたもののほかにも、大正から昭和にかけて日本各地に大小さまざまな少女歌劇が多数存在したが、詳細が明らかになっていないものも多い。以下に主なものをあげる。情報の多くは倉橋滋樹・辻則彦(2005)によるものである。

赤玉少女歌劇団(大阪・キャバレー赤玉):1927(昭和2)- 1936(昭和11)。
アカネ学院(大阪市):大正末 - 昭和初期頃(詳細不明)。『児童劇コンキチ狐』『第一の夜』などのお伽歌劇風のレコードがある。
芦屋少女歌劇(西宮・香枦園浜):大正末頃-?
粟崎少女歌劇(金沢市・粟崎遊園):1928(昭和3)- 1932(昭和7)。
いく代舞踊部(札幌市・いく代亭):1927(昭和2)- 1947(昭和22)。
市岡パラダイス少女歌劇(大阪市・市岡パラダイス):大正末-?
色葉少女歌劇(大阪市・新世界・いろは座):詳細不明。
大市乙女ダンス(おうちおとめだんす)(大阪・生駒山上遊園地大市温泉閣):昭和初期-?
大阪お伽学院(大阪市・天下茶屋 - 一部は後に芦屋少女歌劇に合流)。
大阪松竹少女歌劇団(大阪市):1923(大正12)- 継続活動中。最初は松竹楽劇部、1934年に大阪松竹少女歌劇団、戦後1947年に大阪松竹歌劇団(OSK)、1967年に日本歌劇団(NKD)、1970年にOSK日本歌劇団に改名。2003(平成15)に解散。その後元団員有志によってNewOSK日本歌劇団となり、2007年より再びOSK日本歌劇団と改名する。その他、2003年に加賀屋によってOSKのOGを中心に雪月花歌劇団も結成された。
大阪舞踊協会(大阪):大正末頃。 詳細不明。
大浜少女歌劇(堺市・大浜潮湯):1924(大正13)- 1934(昭和9)。
花月園少女歌劇(横浜市・鶴見花月園):1922(大正11)- 1940(昭和15)頃。
花月乙女舞踊団(大阪・新世界・芦辺館):1926(大正15)- ?
河合ダンス(大阪市・道頓堀):1922(大正11)- 1936(昭和11)頃。
銀の星少女歌劇団(新潟県吉田町):1947(昭和22)- 1950(昭和25)。
甲陽少女歌劇(西宮・甲陽園):大正頃。
国華少女歌劇(地方巡業):大正末頃 詳細不明。
塩江温泉少女歌劇(香川県塩江温泉・花屋旅館):1929(昭和4)- 1940(昭和15)。ここでは少女ジャズバンドも売り物の一つであった。
松竹少女歌劇団(東京):1928(昭和3)-1996(平成10)。 最初は東京松竹楽劇部、1930年に松竹少女歌劇部、1931年に松竹少女歌劇団と改名し、同年松竹少女歌劇学校を設立。戦争の苦難を乗り切り、1947年から松竹歌劇団(SKD)となり、1996年に解散。OGによる活動は1992年結成のSTASと1997年結成の薔薇笑亭SKD(バラエティ-)2008年結成のMSKDがある。
白木屋少女音楽隊(東京):1911(明治44)- 1917(大正6)。三越少年音楽隊に対抗して東京日本橋の白木屋呉服店が店舗大改築に併せて組織した日本最初の少女歌劇。余興場と称された本店三階の劇場で歌舞、コミックオペラ、お伽歌劇などを上演。彼女達のために作られた本居長世作曲の『浮れ達磨』は特に人気となり、後に宝塚少女歌劇団など他の歌劇団や、女学校の音楽会でも演じられた。
青黛座(せいたいざ)(福岡市):1923(大正12)- 1927(昭和2)。
雪月花歌劇団(石川県・七尾市・和倉温泉・加賀屋):2003年(平成14)- 継続活動中。OSK日本歌劇団のOGを中心に結成された。雪組・月組・花組がある。OGでない者もいる。
宝塚少女歌劇団(宝塚市・宝塚新温泉):1913(大正2)- 継続活動中。
だるま屋少女歌劇部(DSK)(福井市・だるまや百貨店):1931- 1936(昭和11)。百貨店の少女店員による本格的少女歌劇。
鶴見園女優歌劇(別府市・鶴見園):1925(大正14)- 1943(昭和18)。
東京少女歌劇団(東京-名古屋):1917(大正6)頃- ? 浅草に発し、日本歌劇協会、ビューチー一座、エンパイヤ歌劇団、アサヒ歌劇団(旭少女歌劇団)などの名称を経、その後名古屋を本拠地に東京少女歌劇団の名で活動したという。この間には男性も加わったこともあり、藤原義江のオペラ初舞台は浅草のアサヒ歌劇団であった。
浪華少女歌劇(大阪市・楽天地):1921(大正10)- 1922(大正11)。女優・浦辺粂子が浅草の根岸歌劇団のコーラスガールをやめ、この歌劇団に所属したことがある。
日劇少女歌劇団(東京市・日本劇場):1934(昭和9)- ? 詳細不明。1934年の日劇こけら落しに出演した「日本劇場レヴユウ団」と同じものか?
日本少女歌劇(東大阪・日下遊園地):大正頃。日本少女歌劇団と同じものか?
日本少女歌劇団(地方巡業):1926(大正15)頃 - 1955(昭和30)。 島幹雄(本名・富永朝太郎)が創設し団長を務めた。戦前は満州を含む各地を巡業、戦後も活動した。1949年8月16日には福島県松川町で1日のみの公演を行い、一泊して翌日に移動したことから、同年8月17日未明に同町で起こった松川事件の真犯人と何らかの関係があるのではないかと言われたことがある。この件は1964年の国会(衆議院法務委員会)でも取り上げられた([1][2])。別称・日本少女歌劇座。
羽田別荘少女歌劇団(広島市・羽田別荘):1918(大正7)- 1941(昭和16)。「ハダカゲキ(羽田歌劇)」の通称で人気を集めたという。
花やしき少女歌劇団(東京・浅草花やしき):2005(平成17)- 継続活動中。同歌劇団第3期生からの選抜ユニットとして2007年には「あさくさ少女歌劇団」も組織された。花やしきアクターズスタジオが母体。
琵琶少女歌劇(大阪市・楽天地):1919(大正8)- 1923(大正12)。琵琶を用いた和風の少女歌劇。田中絹代はここで人気となった。
先斗町少女レヴュー団(京都市):昭和初期頃。一般公演のほか、映画『人肌観音 第一篇』(1937・松竹下加茂)にも応援出演。詳細不明。おそらくは先斗町の鴨川をどりのグループ。
南青山少女歌劇団(東京都港区):1991(平成3)- 2001(平成13)。ミュージカルを中心とした劇団。専属の劇場や脚本家を持たなかった。
山根少女団(地方巡業):大正頃?- 昭和初期? 詳細不明。山根曲馬団が折からのレビューブームを取り入れる中で一時名乗ったもの。山根少女歌劇団とも。サーカスチームであることを生かした、綱渡りなど本物の曲芸を盛り込んだ「サーカス・レビュー」は人気を博したという。
若柳少女歌劇:昭和30年代 詳細不明。1959年3月23日-24日に福岡県飯塚市・嘉穂劇場で公演した記録がある。若柳流による鴨川をどりなどの舞踊劇に似たものか?

参考文献
倉橋滋樹・辻則彦 『少女歌劇の光芒 ひとときの夢の跡』 2005年 青弓社。 [3] ISBN 4787272012 --大正から昭和にかけて各地に存在した少女歌劇を、多くの写真や文献資料、関係者らへの取材などによって紹介している。

月のかげ ラビオリ サターン ドレス りんね テクノ ブッシュ スパイダ オーバー ブイエ ふたり星 天下り カウント ターボト リフォ プロライツ ロデオ ワーク ション 雲水 会津か シルバ カマーバ バッファー デビット ガボンド ジャップ ティー あの町 スペア ポール ブイトール ローリング オートミー トルマ ビュー ワッフ セサミ ナビマス モチの木 へんぱ シャーマ アカウンテ ストーク ナレータ しちか ブリックス タンパ アカハラ ロケハン

2009年01月21日

ワックスはスキーの滑走性の向上

ワックスはスキーの滑走性の向上と、滑走面の保護のために使用する。 固形のもの(アイロンで溶かして塗りこむ)、液体のもの(スプレータイプとリキッドタイプ)、パウダータイプのものがある。 固形のハイドロカーボン(パラフィン)、フッ素などでできたワックスは、専用のアイロンで溶かしてスキーの滑走面に垂らしてからアイロンを動かしてまんべんなく塗りこむ。冷えて固まった後、プラスチックの厚い定規のようなスクレーパーで余剰分を削り落とす。この一連の作業をホットワックスという。滑走面に浸み込んだ汚れがワックスで浮き出るクリーニング効果もある。雪温に応じてフッ素の配合率が違う複数のタイプを使い分ける。春先など雪温が高くなるほど水分が多くなるので高雪温用はフッ素配合率が高い。 スプレー式のワックスはホットワックスに比べて手軽だが持続性に欠ける。スプレーした後、コルクや専用のブラシで滑走面を磨くようにして塗りこむと良い。 パウダー式のワックスは主にスタートワックスとも言われ、アルペンレースなどのスタート直前に滑走面にふり、スプレー式と同様にコルクで磨いて塗りこむ。持続性はなく、スタート直後、最初の1?2ターンしか持たない。フッ素100%配合であるため通常のワックスよりも非常に高価である。固形タイプやリキッドタイプのものもある。 コンマ1秒を競う競技スキーはその日の雪の状況や雪温を調べ、それに最も適したワックスをぬる。

初心者などの間では「ワックスを塗るとスピードが出て危険だ」という誤解が生じがちだが、スキーが滑るということとコントロールできずに暴走するということは根本的に違うものであり、技術の向上、滑走面の保護の面からも技術レベルにかかわらずワクシングは必要である。

服装
また、スキーヤーは、以下のような服やアクセサリーを身につけるのが一般的である。

スキーウェア
防寒具としてはもとより、一般のスキーヤーの間ではファッションとしての要素も併せ持つ。かつては蛍光色や原色などの、雪の白に対して映える色使いが主だったが、近頃はスノーボーダーの影響からか、ストリート系、ルーズファッションと呼ばれる街着に近い型が流行している。

競技用ウェアでは少しでも空気抵抗を減らせるよう体に密着したデザインとなっている。また、選手のスポンサー企業のロゴなどがあしらわれることもある。

いずれも転倒時に硬い雪面等から身を守れるよう、堅牢な作りとなっている。

ゴーグルまたはサングラス
速度が出るごとに威力が増す降雪や気流、雪面から照り返す強い太陽光から目を守るために装着する。吹雪などで前方の視界が確保できないことは危険であるし、また強い太陽光は目を傷める可能性がある。

ゴーグルの中にはレンズが着色されていてサングラスの機能を兼ねるものも多くある。安価なゴーグルやサングラスの中には、色つきでも紫外線を遮断しないものがあり、かえって目を傷める(可視光が遮られて瞳孔は拡大するが紫外線量は変化しない)ため注意を要する。

スキーグローブ
低温下でも指先の感覚を失わないよう、分厚い作りになっている。手のひら側には革や樹脂などの滑り止めが施され、ストックを安定して掴むことができるよう工夫されている。

帽子またはヘルメット
競技では、ときに時速100kmにも達する速度で滑走するため、転倒時などに頭を守るためのヘルメットを着用する。髪の空気抵抗を抑える役割も持つ。

一般のスキーヤーでは無帽の者も珍しくないが、転倒したところへ他のスキーヤーが衝突し、エッジで頭を切られることもあるため、なるべく帽子を被ることが望ましい。

プロテクター
主に競技用。転倒時の硬い雪面や、ターンする際のポールから体を守るために装着する。脛当て、臀部、大腿部、下半身全体を防護するもの、全身を防護する鎧のようなものまで様々。ウェアの下に装着し、外見ではプロテクターが目立たないタイプも普及している。

一般向けには初心者や小児の怪我防止に簡易な膝当てなどが使用されることがある。

滑走技術

直滑降
板を平行に保ち、ターンをせずに斜面をフォールライン方向にまっすぐ降りていく技術。 アルペンスキーに限定されない全てのスキーの基本技術であり、緩斜面においては初心者も学ぶ技術ではあるが、 エッジを足場とすることがないため、斜度がきつくなりスピードが高速になるにつれ、 直滑降を維持して滑走するのは高度な技術となる。 高速系種目では両スキーの外エッジを足場として安定した直滑降を行っている。

斜滑降
板を平行に保ち、斜面のフォールラインに対して板を斜めにおいてエッジを立てた状態でフォールラインに対して斜め方向にまっすぐ滑走する技術。

横滑り
板を平行に保ち、斜面のフォールラインに対して板を直角ないし斜めに置いて、脚を谷側に傾けることでエッジを緩めて板に対して横に滑走する技術。方向は、フォールライン方向でも斜め方向でも、意図した方向であればよい。

プルークボーゲン
両方の板の先端を近づけて後端を遠ざけてハの字のように置き、エッジを立てて制動を掛けながら交互にスキーを踏んで滑る技術。ハの字(プルーク)を作ることにより次のターンの迎え角ができているため、スキーを交互に踏むだけでターンができる。安全のために初心者が最初に学ぶ技術のひとつであり、状況に応じて全てのスキーヤーが用いる基本技術でもある。

プルークターン
プルークボーゲンが発展してスピードの次元が速まり、かつ外スキーをずらす方向が横方向から縦方向へ変わることにより、内スキーのインエッジが緩み、外スキーに同調してくる。これがプルークターンである。さらにスタンスもハの字(「プルーク」)から平行(「パラレル」)へ変わっていくとターンもパラレルターンへと変わる。

シュテムターン

パラレルターン
板を平行にしたままターンする技術。スキーを揃えて谷スキーを踏み、山スキーへ踏みかえる。踏みかえは、両足を交互に動かす交互操作と、同時に動かす同調操作とがある。より細かくはスキッディングターンとカービングターンに分類されるが、実際の滑走では両者の中間的なものが多く見られる。プルークターンと同じで外足荷重が基本である。筋力の強い人などは無理やりに板を揃えてターンしようとするが、本来のスキーは両スキーに正しく荷重してターンするものである。(たいてい無理やりに板を揃えて滑っている人は、両足を異様に狭めてたり、後傾姿勢などで滑っている。) まったくの初心者でも、正しい荷重の仕方などをすれば短時間で十分習得可能である。

ショートターン(ウェーデルン)
早いリズムで外スキーから次の外スキーまで踏み換えながら滑る技術。パラレルターンの小回り的といえるが、パラレルターンの小回りだけをウェーデルンというわけではなく、ボーゲンでも早いリズムでターンをしていればウェーデルンといえる。おもに上級者のターン技術。全日本スキー連盟では90年代後半に入り、教程から削除し、使用しなくなった。これはウェーデルンという言葉の意味がもともとドイツ語で「犬が尻尾を振る」という意味であるためで、この時期に登場したカービングスキーによってショートリズムでも丸いターン弧を刻むことができ、テールを押しずらしてターンを刻むという意味に合わなくなったためである。よって従来ロングターンをパラレルターン、ショートターンをウェーデルンとしていたのをそれぞれパラレルターン大回り、パラレルターン小回りと呼ぶようになった。しかし日本職業スキー教師協会(SIA)では独自の教程を設けており、現在でも使用している。また、テールを振る(反動を使った)ショートターンと弧を描くショートターンの2つが使えると、より実践的であらゆる斜面に対応できる。

ステップターン
ステッピングターンとも呼び、踏み出しと踏み蹴りの二つがある。

踏み蹴り 
ターンの切り替え時に外スキーを踏み蹴って内スキー(次の外スキー)に乗り込んで行き、減速せずにターンすることができる。
踏み出し 
切り替え時に内スキー(次の外スキー)を山側に踏み出し(重心は外スキーと内スキーの間)、乗り込んでスキーを押しずらしていく。スタンスを「ハの字」(プルーク)にして踏み出した場合を特にシュテムターンと呼ぶ。

前者の踏み蹴りはかつてアルペンレースでポールをクリアしていく時に多用されたが、サイドカーブのあるカービングスキーの普及により、踏み蹴らなくともエッジ角度を強めるだけでスキーが切れ上がるようになったため軌道を変える必要がなくなり、以前よりは使わなくなってきている。後者の踏み出しにおけるシュテムターンの場合は初級者が外スキーの踏み換えを覚える際やレベルに関わらず斜面状況が悪い場合に安全に滑り降りるための技術として多用される。

スキッディングターン
パラレルターンの一種であり、山スキーに踏みかえた後に、スキー板をずらして制動しながら回旋してから山まわりに移行することでターンする技術。ターンの外足がプルークターンやシュテムターンと近い動きをするため、パラレルターンの中では易しい技術であり、また安全を重視して滑る技術でもある。

カービングターン
パラレルターンの一種であり、ターン開始時に脚をターン内側に傾けて、意図的な加重や外力を利用した加重によってスキー板をたわませて曲面を作り、これを雪面に食い込ませることで足場を作ってターンする技術。スキッディングターンと異なり板の制動要素が少ないため、高速滑走が可能となる。パラレルターンの中では難しい技術であり、1990年ごろまではごく一部のスキーヤーのみの技術であったが、カービングスキーの登場により一般スキーヤーにも可能な技術となった。なお、カービングとは「彫る(CARVE)」の意味であって「曲がる(CURVE)」の意味ではない。実際に完全なカービングターンで滑ることができる状況は限られており、圧雪され、かつ大会バーンのように一般スキーヤーから隔離されて安全性が確保された状況のみである。通常はスキッディングターンを組み合わせて滑る場合が多い。

クローチング
高速滑走時にとる姿勢。主にアルペンレースの大回転以上の高速系で用いる。板は平行に肩幅かそれより若干広く開き、足首と膝を屈曲して腰を落とし、上半身は前に倒す。腕は軽く曲げた状態で前方に突き出し、手の平を上に向けてストックを握り、ストックは脇から身体に沿わせるように後方に出す。顔は前方を見る。直滑降か、脚を左右に傾けて行うクローチングターンと呼ばれる浅いターンが基本的な滑りとなる。

ジャンプターン
山岳スキーなどにおいて極端に狭い斜面などにおいてターンする際にジャンプして板を浮かしながら板の方向を変える技術。

キックターン
斜面で静止状態で方向転換するための技術。両方の板をフォールラインに対して垂直方向に揃えてエッジを立てて静止している状態から、谷足を爪先を上にするように持ち上げ、板のテールを前方に出す。その状態から板のトップを谷側を経由して後方に持っていき山側の板と逆方向で並行になるように着地させる。これによって、脚は極端な爪先開きの体勢となる一方、上体は谷を向く方向。次いで、山足を持ち上げて身体の捻れを解くように谷側に移動させて両方の板が並行になるように着地させる。これによって方向転換が完成する。

狭義の滑走技術ではないが、急斜面や狭い場所、スキーレッスンなどにおいて安全な方向転換のためには欠かせない技術で、初心者の段階から習得を求められるものである。
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階段登行・開脚登行
斜面を登るための技術。階段登行は、両方の板をフォールラインに対して垂直方向に揃えたまま、山足をさらに斜面の上へと、脚を上下させることで移動し、次いで谷足も同様に移動することを繰り返す。開脚登行は、斜面を上に見る方向で正面を向き、爪先を開いた状態で両方の板の内エッジを雪面に食い込ませることで足場を確保し、双方の足を交互に前方に出すことで登っていく。両方の技術が可能な場所では開脚登行のほうが大きく踏み出すことができるために効率的に登ることができるが、急斜面では開脚登行は安全に行うことが難しくなるため、階段登行のほうが有効な技術となる。

これもまた狭義の滑走技術ではないが、現実のゲレンデでは斜面の登り返しが必要となる場所もあり、また滑走中に転倒したり物を落としたりすれば止まって引き返す必要があるため、こうした技術は滑走を続けるためには必須で、初心者の段階から習得を求められるものである。

SAJ バッジテスト・SIA 技術検定
SAJ(全日本スキー連盟)、SIA(職業スキー連盟)はスキーヤーの技能レベルを客観的に判断する独自のスキーバッジテストや技術検定を設けている。

競技
山岳スキー技術として誕生したアルペンスキーは、次第に如何に速く斜面を滑り降りるかという競技に発展した。現在ではヨーロッパを中心に非常に人気の高い競技スポーツとなっており、特にオーストリア、スイスなどアルプスの国々では国技であり、勝者は国民的英雄である。

第4回冬季オリンピックから正式競技として採用されている。

概要
山を滑り降りる速さを競う競技であるが、コースには旗門と呼ばれる2本1組の旗またはポールが並べられ、その旗門を順番に通過しながら滑り降りる。旗門を通過できなかった場合は失格となる。種目によって、旗門数、旗門のインターバル、コース長、標高差が大きく変わってくる。

1回の滑走または2回の滑走の合計タイムで順位を競う。

種目
滑降 (Downhill)
スーパー大回転 (Super Giant Slalom, Super G)
大回転(Giant Slalom)
回転 (Slalom)
複合 (Combined)
滑降1本と回転2本の合計タイムを競う。
スーパー複合 (Super Combined)
2004-2005年シーズンのワールドカップからの新種目。滑降1本と回転1本の合計タイムを競う。
FISワールドカップでは、複合よりも主流になりつつある。

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